先日「痴呆老人は何を見ているか」という本を読みました。著者は大井玄氏で、東大医学部教授を経て、現在国立環境研究所所長を務める、終末期医療に取り組む人物。いろいろな気付きがあった本ですが、その中の記述に、こんな内容がありました。
「痴呆老人の『私』について考えていたら、痴呆病棟のあるナースが、ボーッとしている老人たちに『今何を考えているのか』と尋ねて回った話をしてくれました。すると、ほとんどの人が『人生で一番輝いていた自分のことを思い出していた』といいます」
人生で一番輝いていたとき、というのは自分が若く活発で、社会や他人との強いかかわりを持っていた頃のことでしょう。実は私たちチューズデーが演奏しているとき、少なからぬお年寄りの方が、歌いながら泪されることがあります。もちろんそうした方々は、決して「痴呆(最近では認知症というそうですが)」ではありませんし、ボーっとしているわけでもありません。でも演奏の最中、ティッシュの箱がお年寄りの間を回っていたりするのです。きっとそれは懐かしい歌を聴き、唄うことで「自分の一番輝いていた頃」を思い出し、心が震えていたのでしょうね。
Hassyは、もりちゃんのことを「昭和歌謡のさだまさし」と呼ぶのですが、そのさだまさしの作品に「主人公」という曲があります。そこにはこんな歌詞が書かれています。
どんなに小さな物語でも、
自分の人生の中では、
誰もがみな主人公
私たちおもひでチューズデーの演奏活動というのは、お年寄りの皆さんに「自分が主人公であった頃を思い出させてあげる」というボランティアなのかも知れません。
投稿者 tuesday : 2009年04月19日 |