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童謡、民謡、そして昭和歌謡への流れ(50) 野口雨情の詩集「朝花夜花」、西条八十があこがれる!


雨情さんは、脇目も振らず詩作に励んだ結果、翌年明治40年(1907年)3月に月刊パンフレット詩集「朝花夜花」を発行しました。日本で最初の個人による月刊民謡集でありました。相当猛烈に頑張った甲斐があり、この詩集は詩壇でかなりの注目を浴び大評判になりました。


「かかる中に口語を使用して、明解淡彩なる詩句を以て一新機軸を作らんとした詩人がある。『朝花夜花』の著者野口雨情氏は、此の抱負を持って居た人だ。氏は数年前の『小天地』に於て口語詩を公にし、又往年の発行にかかる詩集にも此種の作が載せてある。然れども世は氏の抱負と苦心とに対して、何等の注意もせなかったらしい。其にも屈せず氏は着々研究の歩を進めて効果を収め、以てわが詩界に口語詩を扶植せんとしてゐる。吾等は氏の芸術的良心を多とする。(中略)近来口語体の詩を試みる一二の作家を見受けるが、其の諧律に於て成功したるは、今のところ雨情氏を推さざるを得ない。氏の詩は諧律に於て殆ど揮然の域に到達して居る」(雑誌「文庫」明治40年4月号「近刊の二詩集」より)


当時、早稲田中学の4年生だった西条八十は、雨情さんの詩に感銘を受け、詩人になることを夢み、この「朝花夜花」を愛読していたらしいですな。八十少年は、雨情さんにあこがれていたため、雨情さんに会いたくて、雨情さんを知っている英語教師の吉江喬松先生に頼んで用事を作ってもらい、西大久保の雨情さん宅へお使いに行ったことがあるのです。夕暮れの縁側で、雨情さんは「よごれてやんすな」と言いながらランプのほやの掃除をしていたようでありまして、八十少年はあこがれの雨情さんを前に「野口雨情先生ですか?吉江先生からお使いを頼まれまして」と切り出したところはよかったのですが、伝言を伝えただけで帰ってきてしまいます。あこがれの雨情さんを前に胸一杯という感じだったのですな。その頃の八十少年は、あまりにも純情であったのであります。



投稿者 tuesday : 2007年04月21日


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