啄木さんは、また味噌汁を啜ると、お椀を持ったまま、処女詩集「あこがれ」を出版した頃からの経緯を雨情さんに語り出しました。
「実は『あこがれ』の出版を準備するため東京に居たのですが、郷里で寺の住職をしていました父が、お恥ずかしい話ですが、宗費を使い込んでしまって住職の地位を剥奪され、石川家は郷里を追い出されてしまったのであります。はっはっはっ、誠にお恥ずかしい。馬鹿な父です。その頃、先程お話したように私は節子と婚約しておりまして、結婚式を催さねばならない、『あこがれ』を出版する準備をしなければならないで、はっはっはっ、忙しかったなあ!仕方のない親父ですよ!息子が人生で大切な時期を迎えているのに大変なことをしてくれました」
そう言うと、啄木さんは、もう一度味噌汁を啜りました。
「そうでやんすか、それは大変でやんしたね」
雨情さんは、啄木さんの話を聞きながら、自分の父が大借金をしたまま亡くなり、家督を継ぐとともにその整理をしなければならなくなり、急いで結婚をしてしまって、その結果、恐妻を貰うことになってしまった当時のことを思い出していました。
「私は『あこがれ』が出版まで漕ぎ着けると、急いで家族と節子が待つ盛岡に向かいました。結婚式と披露宴の日取りが迫っていたからです。はっはっはっ、人間というものは、気が急くと頭が回らなくなるものですね。汽車に飛び乗ってから気が付いたのです。はっはっは、何に気が付いたと思います?」
雨情さんは、自分のことを思い出していて、突然質問されたため、きょとんとして、
「なっ、なんでやんすか?」
と聞き返すのが精一杯でした。
この続きは次回に!
投稿者 tuesday : 2007年09月22日 |