啄木さんは、殆ど朝ごはんを終わりかけていました。雨情さんは、ご飯を茶碗に少し残したまま、背にある戸棚に手を伸ばして、小さな焼き物の壺を取り出しました。そして、その壺を大事そうに慎重にちゃぶ台に置くと、木の蓋をゆっくりと開け、中を覗くように見ながら言いました。
「そうでやんすか?啄木さんの自主的な課外活動は、画期的な試みでやんしたね。啄木塾は凄いでやんす」
啄木さんは、丸めた手を口元にやり、わざと咳をして、
「えっへん!そうです。この試みは、えっへん!私自身が発案したものでありまして、私は、この時に充実した日々を過ごしておりました」と言い、雨情さんが箸を持って壺から何かを取り出すのを眺めていました。
「流石でやんすね、啄木さんは!わすには、とっでもでぎないごとでやんす。詩人は教育者だなんて、言われると、わすは困ってしまうでやんす。わすは詩人を辞めなければならなくなるでやんす」
雨情さんは、そう言いながら、壺から紅い紅い梅干しを茶わんのご飯の上にゆっくりと載せています。啄木さんは、雨情さんのご飯の上の紅い紅い梅干しをじっと見つめていました。雨情さんは、急須を取って、ご飯の上に載った紅い紅い梅干しの上から、熱いお茶をかけています。
「・・・・・・」啄木さんは、何も言わずに、ふんわりと湯気を立てて桃色になった梅干しを見つめていました。
雨情さんは、急須を置くと、箸を持って、茶碗に手をやって、食べかけようとした時、
「雨情さん!」と啄木さんが苦しそうに言いました。
「えっ?何でやんすか?」雨情さんは、食べかけるのを止めて、茶碗に近づけた顔を啄木さんに向けました。
「・・・・・・」啄木さんは黙っています。
「何でやんすか?どうかしたでやんすか?」
啄木さんは、唾をごくりと飲み込んだ表情で、梅干しを見つめています。
「・・・・・・」
「えっ?」
啄木さんは、また唾をごくりと飲み込んで、空の茶碗を雨情さんに差し出して、身を乗り出して言いました。
「そっ、そのっ、その梅干し茶漬け、わっ、私も、食べたいのであります!」
雨情さんと啄木さんの話は、梅干し茶漬けを間に、まだまだ続きます。次回をお楽しみに!
投稿者 tuesday : 2007年10月21日 |