古賀政男から美空ひばりまで昭和歌謡の名曲を慰問演奏。音楽ボランティアグループ“おもひでチューズデー”


































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童謡、民謡、そして昭和歌謡への流れ(100) 雨情さんの陰謀が発覚?!啄木さん、激怒!(1)

小樽日報初号発刊の翌日10月16日、またもや啄木さんの住まいに、新聞社のいろんな人が集まっておりました。


<此頃予が寓は集会所の如くなり、今日も佐田君、西村君、金子君来たり、野口君来たり、隣室の天口堂主人来る。何故か予が家は函館にても常に友人の中心となるなり、>


啄木さんの住まいは、前にも述べたように、「南部せんべい店」の2階の六畳と四畳半の二間しかありません。啄木さんだけではなく、妻節子さんと娘の京子ちゃん、そして母親のカツさんが同居していたのです。そんな狭い住まいに連日の如く人が集まって、集会所の様相を呈していたのであります。


きっと四畳半に節子さん、娘の京子ちゃん、母親のカツさんの三人は追いやられて、声を潜めて静かにしておられたのでありましょう。六畳の部屋では、連日、いろんな男達が来ては、夜遅くまで大声で議論談笑し、豚汁やリンゴ等を食い散らかしては、泊まり込み、きっと朝食も出してもらって、嵐の如く去って行って、またその夜に来襲するといった感じで、いやはや大変な状況であったと思われます。何が「予が家は常に友人の中心となるなり」でありましょうや!啄木さんは日記には触れていませんが、節子さん、娘の京子さん、母親のカツさんは、神経衰弱になっていたのではないですかな?啄木さんは、奥さん泣かせ、子供泣かせ、お袋泣かせでありますな。


さて、啄木さんの当日の日記には、こんなことも書かれています。


<この日一大事を発見したり、そは予等本日に至る迄岩泉主筆に不快の感をなし、これが排斥運動を内密に試みつつありき、然れどもこれ一に野口君の使嘱によれる者、彼「詩人」野口は予等を甘言を以て抱き込み、秘かに予等と主筆とを離間し、己れその中間に立ちて以て予等を売り、己れ一人うまき餌を貪らむとしたる形跡歴然たるに至りぬ、予と佐田君と西村君と三人は大いに憤れり、>


啄木さんは、雨情さんに対して、えらく怒っておられます。どういう訳か、啄木さん、佐田さん、西村さんの3人は雨情さんに対して大いに憤ってしまったようであります。「雨情さんが啄木さんたちを売った!」と啄木さんは言ってますが、雨情さんは、一体全体、何をしたというのでしょう?日記は続きます。


<咄(ああ)、彼何者ぞ、噫(ああ)彼の低頭と甘言とは何人をか欺かざらむ、予は彼に欺かれたるを知りて今怒髪天を衝かむとす、彼は其悪詩を持ちて先輩の間に手を擦り、其助けによりて多少の名を贏(かち)得たる文壇の奸児なりき、而して今や我等を売って一人欲を充たさむとす、詩人とは抑々何ぞや、>


確か、啄木さんは2週間程前の10月3日の日記に、「野口君と予の親交情はすでに十年の友の如し」と書いていたのに、これまたどうしたことなのでありましょうか?人と人との関係は不思議なものでありますな。



投稿者 tuesday : 2008年09月28日


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