初夏の陽射で新緑の葉がいきいきと感じられ、木陰ではひんやりとしたそよ風が頬にあたる公園のベンチで、もりちゃんは横になりながら、とてもいい気持ちでうたた寝をしていますと、遠くで「もりちゃーん!」と呼ぶ声が聞こえてきました。
「もりちゃーん!」
「・・・・・」
「もりちゃーん!起きてくれ」
「うーむ」
「もりちゃんでやんすね!」
「えっ?誰?」
もりちゃんは、眩しい陽射を感じながら眼を開け、辺りを見回しました。
「わすでやんす。雨情でやんす」
気が付くと雨情さんは着物姿で隣のベンチに座って、こっちにおいでという手招きをしていました。
「あっ、雨情さん!」
もりちゃんはびっくりして起き上がり、眼をこすりながら、ふらふらと隣のベンチまで歩み寄りました。
「やはり、もりちゃんでやんすか?」
雨情さんは、そう言うと、タバコを懐から出すと口に銜え、マッチで火を点けると、風で消えないように慎重に手のひらで火を覆ってタバコの先に持っていきました。大きく息を吸いながら、手を振ってマッチの火を消しながら言いました。
「もりちゃんを探したでやんす」
「どうして?」ともりちゃんが尋ねると、
「札幌の話から、前に進まないで、お休みになっていたでやんす」
「最近、忙しくてね。このあいだ『懐かしき昭和歌謡を唄う会』を浅草のハブ(HUB)でやってね。その準備で1ヶ月くらい、それそれは忙しかったんだ」
「ほう、昭和歌謡でやんすか?ほう、そうでやんすか?」
雨情さんは、タバコを燻らしながら、しばらく考え事をしているかのような表情で黙っていました。初夏のそよ風が二人の周りを吹いていきました。
「もりちゃん、昭和歌謡って、何でやんすか?」
「ありゃまぁ、雨情さん、昭和歌謡を知らないの?」
「うっすらと知っているでやんす」
「うっすらと?」
「雨情さんは、昭和歌謡の生みの親ということになっているのですよ!」
「ひぇーっ、そうでやんすか」
「しっかり自覚してくださいよ!うっすらとではダメですよ」
「もりちゃん、訊いていいすか?」
「なにを?」
「浅草に波浮の港はないでやんす」
「ハブはハブでも『波浮の港』の波浮ではありません!浅草にあるジャズライブハウスです」
「ほう、ジャズでやんすか?ほう?」
「昔から洋楽を皆ジャズと言ったそうですよね、雨情さん」
「ほう?ほう」
「分かっているの?」
「うっすらと分かっているでやんす。西條八十やんの『東京行進曲』に出てきたでやんす」
「♪ジャズで踊って、♪リキュルで更けて♪」
「そうでやんす」
このような調子で雨情さんとの会話がはずみました。もりちゃんと雨情さんは、しばらく会話を楽しみました。
「ところで、もりちゃん」と雨情さんが言いました。
「何っ?」
「啄木さんとの話を、おねげえですから、続けてくだせえ!」
「しばらく忙しかったので、すみませんでした」
「啄木さんと小樽へ行って、一緒に小樽日報社で働いたでやんす。その話をおねげえです」
「わかりました、分かりました。次回から乞うご期待です!」
「よがった、よがった・・・・・」
雨情さんの声が遠のくような感じがしたので、ふと横を見ると、隣に座っていた雨情さんの姿が、消えて見えなくなっていました。もりちゃんの初夏のうたた寝の夢だったのでしょうか?
次回は、いよいよ、雨情さんと啄木さんの小樽での物語が始まります。お楽しみに!
投稿者 tuesday : 2008年05月06日 |