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「流石だなあ!郁雨さん、僕のことを僕以上に分かっているようですね」
啄木さんは神経性脱毛症でできた頭の禿げた辺りを掻きながら苦笑して言いました。
「石川さんは、東京に行って、その素晴らしい才能の花を咲かせるべきです」
郁雨さんは啄木さんの眼をしっかりと見ながら諭すように言いました。啄木さんは、郁雨さんのその強い視線と口調に思わず気おくれしてしまいました。
「はははっ!郁雨さんには敵わないなあ!」
二人はお互いに顔を見ながら笑っていましたが、それからしばらく沈黙が続きました。啄木さんは郁雨さんに心の中を覗かれているのではと落ち着かない面持ちでいました。
「お茶をいれましたよ」
啄木さんがちゃぶ台に置かれた湯呑に気がつくと、郁雨さんは続けました。
「啄木さん、浮かぬ顔をしているなあ?どうしたんですか?これから東京に行って一旗揚げようという人がそんな顔をしていては駄目ですよ!」
「はははっ!参ったなあ!浮かぬ顔してますか?」
また啄木さんは、また頭に手を遣り、禿げた辺りを掻きながら苦笑いをしました。
「浮かぬ顔をしている原因は、奥さんや子供さん、お母さん、ご家族のことでしょ?」
「えっ?」
啄木さんは、心臓が口から出そうになるくらい驚きました。
「やはり、そうですか?家族を残して、ひとり東京へ行けないですものね」
しばらく啄木さんは口を半分開けて呆然としていました。
「心配しないでください。小樽におられるご家族に函館に来てもらってください」
「えっ?」
啄木さんの口はまだ開いたままです。
「私が何とかお世話しますよ」
「えっ?」
啄木さんは、ますます呆然として口を開けたままです。
「私の家は、商売をしてますから、何とかなりますよ、何とかしますよ!啄木さんには成功してもらいたいですから・・・」
「ホ、ホントですか?」
郁雨さんは黙って頷きました。
啄木さんは、実は内心拍手をしていたのではありませんかな。しかし、気づかれないように、依然口を開けたまま呆然とした表情を続けていたのではありませんかな。
「東京の生活って、ここ函館よりも物価が高いでしょうから大変でしょうね。啄木さん、少なくて申し訳ないのですが、十五円用意しておきましたので、東京での生活費の足しにお使いください」
啄木さんは、頭を深々と下げて、
「郁雨さんは、僕の一番の親友だ!ありがとう!」
と言いました。
啄木さんは、その後13日まで函館に滞在し、函館の街を歩き、昔の友人や小学校の代用教員だった同僚の女の先生を訪ね、
「もう函館には一生来ない、最後の別れだ!」
と言って別れの挨拶をしています。そして、家族の待つ小樽に向かっています。彼の懐には郁雨にもらった十五円が入っていました。啄木さんは、その十五円を重く感じていたのでしょうか?啄木さんの東京行きは、郁雨さんがいなかったら実現しなかったことは確かでありますな。
投稿者 tuesday : 2009年12月20日 |