童謡、民謡、そして昭和歌謡への流れ（１２２）　雨情さんと啄木さんの鑑賞会！

「そうでやんすか？東京へ行くでやんすか？」
雨情さんは、そう言って頷いています。
「東京には、与謝野先生ご夫妻がおられるし、盛岡で同級生だった親友の金田一君が東京帝大に行っています」
啄木さんは、先程の自分の家族の暗い雰囲気を忘れるかのように、明るく話をしています。
「そうでやんすか、そうでやんすか、それは、それは心強いでやんす」
雨情さんは、煙草を燻らして、頷いています。
「啄木さん、一杯やっぺ？お～い、お酒、燗は、まだがぁ？」
雨情さんは、台所の奥さんに向かって、手を二つ叩いて、燗を催促しました。
すると、お盆にお銚子を二本載せて、奥さんが現れました。
「石川さん、すみませんねえ。うちの人は、昼夜を問わず、お酒漬けですから、御迷惑でしょう？あまり構わないようにしてくださいねえ」
啄木さんは、
「はっはっは！迷惑だなんて・・・」
禿げた頭を掻きながら言いました。
「何を言うが！迷惑だなんて、そうたごど思っておられませんよ。わすど石川君とは親友なんだぞ！」
それを聞いて奥さんは、呆れて台所へ戻って行きました。
「奥さん、すみません。はっはっは！」
啄木さんは、雨情さんからお酒を注がれながら、笑って言いました。
「啄木さん、釧路で、お酒を覚えだって、あそごは遊ぶど言ったら、芸者くれえしげえねえでしょ。芸者と結構遊んだんだっぺ？」
雨情さんは、自分でお酒をお猪口に入れて、啜るように飲みながら訊きました。
「いやあ、はっはっは！雨情さんは、流石の一流記者だなあ！」
啄木さんは、小奴とのことを思い出しながら、顔を赤らめて言いました。
「啄木さん、へっへっへ、まだ、まだお酒を飲んでねえのに、もう赤くなっちって・・・・」
「冷やかさないでくださいよ」

二人は、昼間から、酒盛りをしながら、小樽や札幌、そして釧路の話をし、詩作についても語り合いました。
「そうでやんすか？釧路で、そんなに詩作したでやんすか？」
雨情さんは啄木さんにお酒を注ぎながら言いました。
「しらしらと氷かがやき　千鳥なく　釧路の海の冬の月かな」
啄木さんは、そう詠むと、注がれたお酒を一気に飲み干しました。
「ほうほう、ほうほう、いいでやんすね、いいでやんすね。それから？」
啄木さんは頷いて、お猪口を差し出しました。雨情さんがお酒を注ぐのを見ながら、
「こほりたるインクの罎を　火に翳し　涙ながれぬともしびの下」
と詠み、また一気に飲み干しました。
「ほーう、なかなでやんすね。啄木さん、釧路の様子が目に浮かぶでやんす」
雨情さんは、お銚子を啄木さんに向けて上下に動かして、お猪口を出すように促しました。啄木さんはお猪口を出し、
「いやあ、もう釧路は、正直言って御免です。はっはっは」
と笑いました。
「ほうれ、ほうれ、詩をもっと、もっと・・・」
雨情さんは、お銚子を動かして、詩を読むように促します。
「酒のめば悲しみ一時に湧き来るを　寝て夢みぬを　うれしとはせし」
啄木さんは詠み終えると、また一気に飲み干しました。
「ほうほう、いけるでやんす、いけるでやんす」
雨情さんは、促すと啄木さんが次から次へと詩を詠むので、ご機嫌です。
「色っぽいのはねえですが？」
「色っぽいのですか？う～ん・・・・。こういうのはどうですか？」
「どういうのでやんすが？」
「舞へといへば立ちて舞いき　おのづから　悪酒の酔ひにたふるるまでも」
「へぇーっ？」
雨情さんは、どんな情景を詠んだものか、想像がつかない様子でした。
「さらに、こういうのは、どうですか？いかにせしと言へば　あをじろき酔ひざめの　面に強いて笑みをつくりき」
「はあ？ふう？」
雨情さんは情景を想像していますが、分からないようであります。
「よりそひて　深夜の雪の中に立つ　女の右手のあたたかさかな」
「ほう？女でやんすね？芸者でやんすね？ひひひひっ」
雨情さんは、涎を垂らしそうになって、口の周りを手で拭いました。

こんな調子で、雨情さんと啄木さんの二人は昼間から酒を酌み交わしながら、詩の鑑賞会を続けたのであります。奥の台所で、雨情さんの奥さんが聴いているのも知らずに・・・・。

投稿者 tuesday : 2010年03月27日