古賀政男から美空ひばりまで昭和歌謡の名曲を慰問演奏。音楽ボランティアグループ“おもひでチューズデー”


































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「波浮の港」が流行した昭和3年とは? その① ラジオで相撲を!

一応、「波浮の港」を歌った歌手佐藤千夜子さんと藤原義江さんについての解説を終わりましたが、もりちゃんのウンチクはまだまだ続きます。


「波浮の港」が流行りました昭和3年とは、どんな年であったのでしょうか?歌は世につれ、世は歌につれと申します。昭和歌謡のウンチクを語るには、その歌が流行った時代の背景を語らねばなりません。さてさて、昭和3年とは、どんな出来事があったのでありましょうか?


いろいろと調べますと、昭和3年はこんな時代でありました。まず、1月には、お相撲のラジオの実況中継が始まっていますな。前にも述べましたが、ラジオ放送は大正14年(1925年)から始まっておりまして、夏の高校野球(当時は、全国中等学校野球大会)が昭和2年の8月13日に実況中継されておりますな。それまでは、「移動無線中継装置」というものがお上(逓信省)に認められず、マイクロフォンが屋外に持ち出されることがなかったのであります。ラジオの威力で、夏の甲子園が全国に知られるようになったのでありますな。


さて、お話を昭和3年に戻しましょう!お正月の気分覚めやらぬ12日からお相撲のラジオ実況中継が始まり、お相撲の人気もラジオの威力で全国に広まりましたな。長屋のご隠居さんも熊さんは八つぁんも、火鉢に当たりながら、ラジオを聴き、相撲談義をしていたのでありましょう!目に浮かぶようでありますな。この年の東京におけるラジオ聴取契約者数は13万人と言われています。マスコミュニケーションの幕開けでありますな。


次回は、日本史の復習ではありませんが、もりちゃんのウンチクの深さを一発披露いたしましょう!お楽しみに!



投稿者 tuesday : 2006年04月16日


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