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この曲は、昭和4年に作られました。
昭和4年(1929年)といえば、10月にニューヨークで株式市場が大暴落を起こし、世界恐慌が始まった年ですが、日本はすでに2年前に片岡大蔵大臣が東京渡辺銀行が破綻したと失言したことにより、金融恐慌が起こっており、不景気の只中にありました。
今と経済的状況がよく似ていますが、大学を卒業しても就職できない大失業時代であった訳で、映画監督の巨匠小津安二郎の映画「大学は出たけれど」が封切られた年でもあります。
小林多喜二の「蟹工船」が発禁処分にもなった時代で、政治的にも暗い世相でありました。
古賀政男は当時明治大学の学生でした。大学を卒業しても前途に明るさが見えないという状況の中で彼は、恋にも破れ、絶望の淵に立っていました。ある山奥の温泉で自殺を図ろうとしましたが、死に切れませんでした。彼は、その時の悲しい失恋の思いを曲にしました。それが「影を慕いて」です。
当時、彼は、マンドリンクラブの指揮者でした。演奏会に、当時第一線の歌手であった佐藤が参加してくれることになり、この曲を彼女に歌ってもらい、演奏会は大成功を納めました。
これが縁で古賀政男はレコード界入りをすることになりました。文字通り出世作となったわけです。
レコード化は昭和5年(1930年)12月にテイチクレコードから発売されていますが、歌手は東京芸大の学生だった藤山一郎です。
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