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「波浮の港」が流行した昭和3年とは? その④ マネキンガール登場!

もりちゃんの「昭和歌謡ウンチク」は、昭和3年の時代がどんなであったかを語っております。前回は、「大正デモクラシー」の流れから普通選挙が実施されたことをお話しました。歴史には、政治的な流れ、文化的な流れとかがありますな。今回は、文化的な流れをご紹介しましょう!


「波浮の港」は4月に発売されたのでありますが、3月24日に上野公園で御大礼記念博覧会が開催されました。デパートの高島屋が(いやいやその頃は「高島屋呉服店」と言っていましたな。)、展示場で和服の出品をしたのでありますが、普通は人形のマネキンに和服を着せて出品したと思いきや、ファッションモデルの走りとでも言いましょうか、出品の和服を着た人間の女性のモデルが登場しました。これを「マネキンガール」と呼びまして、正式な職業名は「美装員」と言いましたそうであります。


これがかなりの評判となったそうでありまして、お兄さん、お父さん、おじいさん、洟垂れ坊主やオス犬のポチまで、男性諸君はすべからく、「御大礼記念博覧会に行ってくる」とかなんとかと言いながら、マネキンガールを見に、上野公園に向かって走ったそうであります。ホンマかいな?


もともと、マネキンガールは、この年の1月に京阪神のデパートが協力して新聞広告を出したことに始まります。「評判娘急募、年齢十五より二十五歳、容姿美にして上品なるもの」これを見て何人の女性が集まったと思いますか?24名の女性が集まったそうでありますな。デパートの見解はこうであります。「人形を着飾らしてショーウインドーに並べただけではお客様の欲求をそそらない」「日本の女の芸をみっちり仕込んで、令嬢、夫人の模範を作りたい」等と当時の「大阪毎日新聞」は書いておりまして、5名が採用になったとのことでございます。


そうそう、皆さん、NHKの連続テレビ小説で1997年4月7日~10月4日に放送されました「あぐり」をご覧になっていましたか?女優吉行和子さん、小説家吉行淳之介さん、小説家で詩人の吉行理恵さんの実母で美容家として知られる吉行あぐりさんを主人公にしたドラマで、田中美里さんが演じるヒロイン・あぐりの美容師にかける情熱と、野村萬斎さん演じる夫のエイスケなど、あぐりを取り巻く人間関係を当時の時代背景等も絡ませて描いておりました。そう、その時代が、この昭和3年頃でございますよ。


そこに出てきたチェリー山岡、名取裕子さんが演じていた役、この方が、翌年昭和4年3月にこのマネキンガールを倶楽部組織にして、東京マネキン倶楽部を創設したのだそうです。これが日本のファッションモデルの走りでありますな。ドラマではチェリー山岡ですが、実際は山野千枝子さんであります。その娘がどろんこ美容ビューティーサロンのあの山野愛子さんですな。あれれっ、話が横道に逸れましたな。これじゃ、いつまで経っても、昭和3年のお話は終わりませんな。



投稿者 tuesday : 2006年04月23日


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